表と裏

今回の記事は、【衝動】というに相応しいくらい、
ある記事から思いついたことを書いたものです。

これから書くので、わかりませんが、多分長いです。
正直、怒りや悲しみに近い感情。

時間がある方は、追記をご覧下さい。
多分独り言に近い何かになると思います。
将棋電王戦でコンピューターに敗北した佐藤慎一・四段、ブログで心境語る ファンからは温かい声も


この記事に関して、ブログの中傷を見て個人的な事を書かせていただきます。

まず、【プロ棋士はある程度電王戦で敗北する】というのが自分の予想だ。
個人的には、勝ち越すかどうかが微妙なラインだろうと思っている。


近年の、コンピュータやインターネットなど、情報インフラの発展はめざましい。
まず、コンピュータの性能及びコンピュータ将棋の発展の話から。


私が初めて触れたDOS(windows95より前のOS)と言われるパソコンは、今と比較すれば
知らない人はおそらく驚愕する性能の低さだった。

これが進化して、windows95, 98となった。
しかし、当時の将棋ソフトの性能は乏しいもので、コンピュータにとって【良い手】というのは、
駒の損得が主なもので、王様と関係のない方向の桂や香を取りに、その場所に銀を投入するほど。

もちろん終盤の正確さ・・というより、詰み手順の正確さは当時からあった。
当時既に将棋世界の詰将棋サロンの手数ならばほぼ解けるレベルだった。

しかし、序盤は定跡データをベースとしており、力戦にすれば
当時7級の私でも負けることはあまりなかった。


また、インターネットの発達に関して。

その当時、既に将棋倶楽部24(1998年くらいにはあった)は会員数はいくらだったか覚えていないが、
多い時でも、道場には800~1000人ほどだったと記憶している。(昔は道場の定員が999人だったと思う)

当時は、コンピュータ自体が高価で、その分野も成熟していなかったため、普及率も高くはなかった。
当然、インターネットができる人も多くはなかった。


そんなとき、私は、ある24サークルを数人の仲間と創立し、多くの素晴らしい方に恵まれながら、
サークル活動を行っていたことがある。

しかし、インターネットで記憶に残っていることは、正直残念な事も多い。
むしろ、そっちの方が色濃く記憶に残っている。


それは、誹謗中傷などのネットワークの利便性の闇に潜む問題。

将棋倶楽部24に入会(1999年)して、
ほぼ最初の方の知り合いが、姿を消したとき。
はじめて、誹謗中傷の怖さを知った。

その方は、ホームページや掲示板を将棋関連のページとして開いており、
度々連絡を取っていた人だったのだが。ある日、突然お別れの内容とともに
二度とネット上で会うことはなかった。

また、あるときは愉快犯がでっちあげた内容により、
某掲示板サイトより複数の人間によって、サークル内の掲示板がひどく荒らされたこともあった。


今は、当時よりインターネットが発展し、人口も多く、スマホ、タブレットなど携帯端末の
普及により、ネットワークに接触する時間も長くなり、身近なツールとなった。
また、mixiにはじまり、ツイッターやfacebookなど優れたコミュニケーションツールが
増えることで、情報が溢れている、この時代。
反面、この発展によって、この隠れた闇はさらに身近になってしまったと感じている。


事実、彼のブログには応援のメッセージが多い反面、誹謗中傷も少なからずある。
内容は、書くのもためらうようなひどいものもある。

今回、私がこの記事を書いたのは、この誹謗中傷の内容が原因だ。
この無責任な発言に対して。


プロがプロとしての地位を構築すること、維持すること。
また、技術が大成するまでにどのような苦労、努力、期間、費用が必要か。
想像できますか?


奨励会に入る事。
そして、それを超えてプロ棋士になる事。

今の麻雀プロがプロとしての地位を保つために、
どのくらいの人が過去に行動し、努力したことで今の地位にあるか

コンピュータという概念が生まれて、今のような性能に達するまで
何人がどのくらいの資金や時間を投入してなり得た事なのか

将棋ソフトを何人の人が、どのくらいの年月をかけて
今の強さが作られたのか


そして

何人がそれに立ち向かおうとして、挫折したか?


実際にその分野を少しだけど、知っているからこそわかるけれど、
途方もないものだと思う。


そんな人と技術が、今回戦ったのだから。


今回の結果に対しては、数字や事実から一般的な事は誰でも言おうと思えば言える。
でも、この結果に対して、非難の言葉や誹謗中傷だけは思いつきすらしない。
ありえない。


文明は時間をかけていくと、基本的に進化する一方だ。

でも

進化するからこそ、裏の部分もより恐ろしいものになる。
実際、昔では考えられなかったり、ほぼなかった事件や問題が、数多くニュースで流れている。


私が、あくまで【コンピュータとは、人間を助けるツール程度】でありたい。
と望むのは、その部分を危惧しているからだ。この先、コンピュータの発展と共に、
そのうち何か致命的な事が起こるのでは、、と予測している。

それは
モラルの低下した人間が、特定の人や社会にとてつもない損害を与えることが可能なツールを
簡単に扱うことができてしまう危険性である。

例えば。クレジットカードの話ならば。
買い物時、その買い物情報は、電波など何らかの媒体を通して送信されていると思う。

ここで、もし仮に。
それを盗聴して、カードの情報と暗証番号を解析できるツールを誰かが開発したとする。

そして、プログラムというのは複製が可能である。

このツールを、開発者が使わなくて、不特定多数の人間に販売したら、
この世界は大混乱に陥るだろう。

もちろん、それはとてつもなく低い確率であろう。
でも、確率とはあくまで事象の起こりやすさである。
低い確率でも、起こってしまったら・・・?


自分はそれほど力を持たない人間なので、自分の守りたいものくらいしか守ることができない。
もしかしたら、それすらこの先失っていくかもしれない。


そんな世界だから、私は今この世界が平和だとは微塵も思わない。
だから、私はひどく疑い深い面も持ってしまった。


でも、そんな世界を知ってしまったからこそ、今の自分があるともいえる。
私もまた、【知る】という進化によって、表と裏を持ってしまった人間なのかもしれない。

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