生甲斐

おそらく、団体戦の途中でしょうか。未来日記壱です。

自分にとっての最後の大会ですので何か気の利いた事を考えて書こうかな・・とも思ったのですが・・・。最終的には、最後の団体戦を戦っているであろうか自分に対する思い出をここらで書いておこうと思ったに過ぎません。
最後の大会であることを思って入りたくなかったもので。

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みなさんご存知、自分は六回生です。故にこの大会で、12回目になってしまいます。驚きました、そんな出てたんだなぁ・・と。

一番最初の対局は、今でも覚えていますが、山大戦でU野氏にカニカニ銀を仕掛けて、木っ端微塵に壊されたのが自分の初めての団体戦の対局になります。自分は高校生での時、全国大会に行ったことはありません、故にものすごい全国というものに憧れて指していたように思います。当時の戦力は広大が少し抜けていたようで、団体で全国でいく本命だったように覚えています。しかし、春大会は2位。秋大会は1位になったにも関わらず、王座戦辞退。
(問題児だったようで、秋の個人戦は寝坊で欠席・団体戦は寝坊で遅刻しているのだが・・・)

辞退の時の記憶もよく残っています。おそらくこの頃が、一番将棋に対して熱くなれてた時期なんだろうなぁ。。と思います。王座戦辞退の際、部活の人がここまで都合がとれないものなのか?と思い、主力が抜けることもあり団体戦はどうなるかわからない。ならば、個人戦で意地でも抜けてやる!と、不思議な時間にY本氏が来る事がありましたが、基本は一人で棋譜を毎日並べに部室に行ってたように思います。おそらく自分が個人戦に対して強く勝ちたいと思ったのはこの頃だと思います。



案の定、戦力が一枚抜けた分は埋まらず、1年の時の秋大会のときも渋りぎみだった他の戦力の人も出場を渋るようになり、勝つ目がかなり薄くなりました。戦力としてM木氏が入りましたが・・・。岡大が無双を始めるのはまさにこの春大会からでした。このあたりになると団体戦の記憶はあまりございません、団体戦として戦ってはいなかったと思います。自分としては、目の前の将棋を勝てばそれでいいんだと。

新入生としては、この時N野君・K田君・S崎・O田君・K口君が入り、秋大会終了後にY田君が入部。正直、一番自分が楽しかったんだろうな・・って思った時期は多分この時期だったのかなぁと思います。M木さん・Pさん・Y本さんらと酒を飲み騒ぎ、部内では将棋を指すのはある程度少なかったですが、互いに楽しみを共有しようとする馴染みやすい部だったのではないかと思います。

この時に、自分は中四国大会の準優勝者として十傑戦に出場しました。しかし、全国の壁は厚く正直内容は完敗であり、自分の実力不足をはっきり露呈する形となりました。このときもカニカニ銀を予選一回戦で慶大のI元氏に使い、腰が引けたまま攻めるのを止めていたら、相手の理想系に組まれてたまま、どうすることもできず負けた記憶があります。2回戦は、なぜか全国と兄貴と対局するという変な事に。こちらも終盤の内容はひどく、中四国の人に対して、こんな代表で本当に申し訳ないと思って宿に帰った記憶があります。次の日も九大のK江さんにいいところなくにやられました。

そして、この時、あまりの実力差に将棋に関して熱が冷めてしまいました。
どうしても分からなかった自分と相手との差。相手に理解ができて、俺には全くできない。自分には努力という才能が欠けている事は元々知っていましたが、それを何か目標を持つことである程度の維持を続けて自信を持つことで奮起させていましたが、それがここで完全に切れてしまったように思います。


正直、3・4年のときの対局の記憶はほとんどありません。自分は将棋を全く指していなかった時期だと思います。アマ大会にすら参加はしてなかったかもしれません。

ただし3年のときの黒歴史は非常によく覚えています。運営が忙しすぎて、ただでさえ弱いのに対局に全く集中できなかった気がします。この時の団体で岡大のT永君にカニやって開始10分くらいで必敗形にした記憶があります。ここで、一旦カニカニ銀はあまりに勝てなくなったので封印しました。

4年のとき、やったら強い人間が入ってきた。だが岡大にもMケンがいたって言う。

5年になった時に、黒歴史を繰り返さないように運営に徹した・・・はず。そして、俺が出てない時に団体優勝した。個人戦では、たしかこの時に、K下にカニカニ銀をやったときに俺が二歩を打って気づかれずに逆転で勝った気がする。あと、毎日杯という団体の全国にこのとき初めて行った。Y田君が6-3の大活躍した気がする。俺は補欠中心だったと思う。


6年。ラストチャンスの年
春大会。団体は3位。個人戦は6位。広大がなぜか8位までに5人いるという謎の奇跡が発生。ただし、M上君との勝負には、自分はもうちょい気合も技術も集中力も足りなかったと思う。



そして、秋大会。自分は何を思って戦っているのだろう。


あの昔の個人戦で優勝してやる、とがんばってた自分を思い浮かべるだろうか。
それとも、後輩に全てを託すかのようにして満足した顔でいるのだろうか。
高校のときと同じように、結局勝てなかった事を後悔しているのだろうか。


どれでもかまわない。それが自分であり、それが生甲斐であり、常にその場で何か得られるものがあったのならそれはきっと、ずっとこの先も光り続けていくものであると思うから。
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